『「無」を考えた無展』*No.2806

******* 「無」を考えた無展
*************清人
「テーマは何にしましょう?」とぼくが問うと、
しばらく考えて、「『無』にしましょう」と仁譽さんは応えた。
「無、無ですか。『無展』・・・、いいですね」
 というわけで、西谷夢プラザの蔵ギャラリーでの二人展(十一月)の名は決まった。その後、有我と無我、禅、悟り、ブッダ法然、自力信仰と他力信仰等々、 阿弥陀寺の住職で四十六歳の仁譽(雅号)さんとぼくは「無展」について熱く語り合った。そして最後に、「『無』を受け入れ、人はどう生きていけるのか、が伝えられたら」と言われた。暑い夏七月の夜のことだった。
それからぼくは、「無」に関係ある本を何冊か拾い読みした。鈴木大拙等禅の本、ハイデッガーの「存在と無」(途中で放棄)、老子荘子ブッダ良寛・・・・等々。一番ピンときたのが「良寛」であった。
八月に、個展「RYOKAN展」をMUSEAMカフェ「みゅーず」(阪急中山観音下車南へ1分)でやった。展示には障子紙に書いた言葉も入れた。「このひとのからだには/かぜがながれている/こころのおくからも/かぜがおこり/ごうりゅうして/かがやいている/かがやきのなかから/うちゅうがみえ/ちきゅうがのぞいている」。「蓑笠(さりゅう)のひと/飄々と風まかせ/見入る子どもの凧あげ/なんにも無いかのように/空は穏やか/しかし凧はあがらない/ならば良寛さんに凧に書を/童に請われ/天を仰ぎみて/何気なくそっと書いた/天上大風/と、みるみる凧は天の上/そこでは大きな大きな風がふいておりまする」等と。 
 九月に入ってチラシを作った。仁譽さんが書いて床の間に飾られている「無」という字を、表から裏に配置し、無の時の最後が虹の絵と合わさって、幸せ(極楽)のいちまいの葉っぱに滴り落ちた一滴になったというアイデアで、その葉の中に薄く、阿弥陀寺門前に書かれていた「忘れないで/夢を」を分からぬように張り付けた。「無いのではない 在るのである」と言葉の一つをはめ込んだ。「このチラシ、おしゃれやねー」と版画家の中谷さんから言われ、嬉しかった。
 芸術の秋である。一〇月から一一月初めにかけては他の雑多な仕事などとともに「宝塚現代美術てん・てん」で忙しかった。「無展」は一一月の終わりごろに開催した。仁譽さんの書と現代アートのぼくとのコラボである。数年前に正覚寺よりいただいた廃棄の木に、ノミで「無」という字を浮き彫った作品。寺の裏にある宝塚市天然記念物のタラヨウの葉っぱに自分の思いを書いてもらってインスタレーションするものやギャラリー奥に畳二畳程の薄暗い瞑想空間をつくって、その中で三分間瞑想する参加型のもの。無我・無心、自然に生きた「無我のひと良寛」。枯れ木と枯れ花の「一瞬の美」、「曼荼羅の渦」作品。「宇宙の木ばおばぶ」。・・・等々。来られた方と作品を通して無の話等いろんな会話や対話をした。多くの方に瞑想室に入り3分間の瞑想体験もしてもらった。「良かったです」「よくこんなの考えられましたね」「書も絵も彫刻も感銘です」「感動しました」「ほっと落ち着きます」「願いをかけました」「無なんて考えたことがなかったのに、いろいろ勉強しました」「素晴らしい展覧会でした」・・・等々感想の声。二百数十名の方が観に来てくださり充実した五日間だった。
 「無を受け入れ・・・」までは行かなかったが、しばらく世間・世俗のことを忘れ、「無」を考えることができた有意義で貴重な日々だった。やがていつかぼくもいなくなる
   在るのではない
   無いのである