身体は私にとって他者である

「主体」は存在せず、「他者」は存在する。こんな論を打ち立てた哲学者がいる。ヴィトゲンシュタインである。本来的な意味での「主体」は存在しない、ということを彼は言語ゲーム論で展開した。存在するのは言語制度だけであり、その制度内において<私>という言語ゲームが発生するというのだ。言語制度というのはルール(規範)の集合体である。人間はそのルールにただ従っている。<私>(=自我)は言語制度の機能によって発生し、「主体は言語の機能の一部である」
存在が確かなのは「他者」のみであり、「他者」は<私>という言語ゲームの参加者である。「他者」が世界を引き受けることによって自我が証明される。ヴィトゲンシュタインは世界は言語であると捉えた。ここから現代思想の新しい地平が導き出される。<私>にとって「身体」は「他者」であるという身体論は面白い。


身体は私にとって他者である。なるほど、そうか。