大江健三郎(1)

   あの阪神大震災の年(11年前)に書いた大江健三郎に関するレジメが出てきた。懐かしく思えたのでここに載せておく。
 あの時はまともに大地震をくらったのでたいへんだった。ものすごい揺れの衝撃は未だに忘れられない。ぼくの家は新築で1年も経ってなかったのに基礎がやられ、家が少し傾き、ひびが入り、家の中はめちゃくちゃだった。家を出ると、道路が割れ、盛り上がり、電柱が倒れ、家が倒れ・・・・・。近所で亡くなられた方や知人などが何人かいた。震災後の何日かガスがなく、何ヶ月か水がない生活も苦労した・・・・。
 
 そこでの大江健三郎の癒しの言葉は、ぼくの心にひびいてきた。


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大江健三郎における癒し
***** 1995.6.22
1.大江健三郎のおいたち(年譜)
別紙①
  ・ 9歳の時に父、祖父の死亡
ひどい吃音と視覚異常に悩む→極度の情緒不安定に陥り、外界への過敏な不適応    症をひき起こしていた。
・ いじめに会う

・ 10歳で太平洋戦争終結・・・「戦後民主主義」に育つ
“今回の阪神大震災に際しては、市民のボランティア活動の仕方は非常に民主 主義的で、やはりこの五十年の成果が確実にあらわれていると感じました"
(読売新聞2.6)
  ・ 文学への志し
・ 光(頭部に障害を持つ)の誕生と音楽 ・・・顕現体験→文学の源泉



2.「滅び」を見ることと「祈り」
・90年代になって社会の生き生きとした変化がなくなった
→世界史が急速度に煮詰まっている・・・・時代の終わり
“小説は終わった” 深い悲嘆(グリーフ)
“人間はどのように滅びるか”
・新しい「魂の文学」・・・・魂は事実性の世界の出来事でありながら、現在では最も見えにくくなっている。人間の心理、感情、理性などという、見えやすい精神の奥にあり、精神の動きを支えているのが魂であり、深い瞑想や真剣な祈りによってしか私たちはそれを感得できない。まして言葉では表現がむつかしい世界だ。あえてその世界に大江健三郎は踏み入ってきたのだ。(加賀乙彦
・最近の小説の主題(キー・ターム)・・・「祈り」「恩寵」「救い」「救い主」「魂のこと」「破壊されえぬことの顕現」
・「祈り」とは、ある種の魂鎮めであり、同時に一個人の人間にとって“其果てぬ夢への悲願”である。


3.あいまいな日本の私
ambiguous・・「一つのものともう一つのものとが共存していて燃え上がっている木」、AとBは別のものであるがAにいながらBのことをいつも気にしている。切り捨てることはできない。ある領域を(関心)を括弧にいれる。
・両義性を認めうること ー その経験こそがユニバーサル

ユーモア
自分の弱さならその弱さを認める・・・・歴史的な認識
自分自身で自分を笑う〜見ている人間を笑い直すこともできる=小説の精神



4.世界言語 日本語と大江語
特殊な日本語の翻訳調
大江健三郎は難解?・・・「異化」「トリックスター」「カーニバル的祝祭」「グロテスク・リアリズム」、暗喩(メタファー)→言葉の活性化
      イェーツ、ブレイク、ダンテ、シモーヌ・ヴェーユ atc                  →形而上学的に
音楽の「言葉」


5.恢復する家族
自分−肉体と精神の病い・・・個々人をむしばんでいる
個人をつなぐ家族
自分−−光 根拠地 滅びゆく世界
家族 = 「森」 → 社会へ
ゆかり−
「障害」を受容した家族 「障害」を受容した社会に
decent (共生)

☆「小説を書いたことが、根本的に浄化作用をもたらし」、労苦して障害をもつ子と共生していくことが大江の心身を癒し、恢復させたのである。



6.「癒し」とは
・魂に一撃をかける道の「活き」の作用の一つが浄化作用であり、癒しなのだ。
   ・傷ついた弱い者こそが救世主になる「大いなる日に」(燃え上がる緑の木・第三部)
☆「日本は、ゆがんだ貧しい近代をつくった。その頂点に広島・長崎があると思います。長崎・広島の犠牲はわれわれが償わなければなりません。病を回復しないといけない。」(94.10.23)
☆「償いを済ませていない者と、相手を許していない者とでも未来に向けて協力はありうると信じる」「日本と韓国、北朝鮮との和解、そして北アジアの民衆みなの癒しを祈願する」「阪神大震災で被災した在日朝鮮人、韓国人、日本人が協力して復興に努力している。この事実に勇気づけられる」(95.2.5ソールで)