『ケラケラケラ』言葉の展覧会1488

6階の廊下窓から下を見た。
家、家、家また家、家がびっしり詰まっている。
人口減の中でも逆にこの市は増えていると言われているように、
遠くの山を見れば、頂上の方まで家がひしめいている。
そんな一つひとつの家に、それぞれの人々の営みがある。
ぼくもそのなかの一人なのだが。

談話室&食堂には、白髪の老婦人ばかりが7名、大きなテーブルの周りを椅子や車椅子に座ったまま、ただじっとしている。この部屋は動きが、いや時間が止まっているようだ。
何を思っているのか、みんな目が虚ろである。
一瞬ここは、重度の老人ホームだと勘違いした。
そんな病院に、岸本おじさんは二人部屋で、口をぽかんと開けて寝ていた。
サカモトさん(というより、サカモトさんの彼女)からのメールを見て、慌てて見舞いに来たのだ。
ぼくが入り、立ってみると、岸本おじさんは気配で目を覚まし嬉しそうな顔をした。顔色はそんなに悪くはない。
挨拶などを交わしていると、看護師さんが入ってきて、処置をするので外してください、と言った。

ぼくは病室を出てうろついた。談話室&食堂を通りかかると、老婦人たちが入ってきた看護師さんの方を向いて談笑していたので、ほっとした。それからしばらく、廊下から窓外を眺めていた。

処置は終わったようだ。看護師の持つビニール袋におしめが入れられていた。
岸本おじさんの傍へ行ってしばらく話をした。
腸梗塞になって緊急入院したそうだ。一週間経った今は治療の成果でもう治りかけているらしい。
いつもの岸本おじさんだ。世間話もした。
ときどきケラケラと笑う。つまらないことを言っても大げさにケラケラと笑う。くったくのない笑いである。ぼくはこの笑いが好きだ。

そうこうしているうちに、看護師さんが昼飯膳を持ってきたので、ぼくはベッドを上げ、食べさせてあげた。4つのお椀のふたを開けて口の近くに置いた。渡したスプーンで、岸本おじさんはぎこちなく、おかゆや大根煮を食べる。わかめの味噌汁は飲ませてあげた。
3分の2ぐらい食べたところで、岸本おじさんはスプーンを置いて言った。
「おいしかったわ」

岸本おじさんとはしばらく会わなかったが、相変わらずだった。ベッドの上でもおじさんはよく笑った。
「もう死ぬ」「もうあかんわ」と口癖のように言いながら、
元気な笑い声で、ケラケラケラ。
明日の夕方、また来ます、とぼくは言って病院を出た。