『渡辺信雄』 言葉の展覧会1225

わりと
頼もしく
仲の良い人
別々の道を歩んでいたがまた交差した
のってけのってけ
ブック「空町」
お祝いだ


********☆自分の詩だけでなく友人等の詩も載せていきます。***



    瀧          渡辺信雄



いつからか、瀧はそこに現れ
切岸(きりぎし)の先からほとばしる水
私の眼の中にとめどなく
流れ落ち、しぶく
天地(あまつち)の間に 打ち込まれた断崖に
穢れた瞳を貼り付けて
私は眼を見開いたまま
拷問に耐えている
ここは擂り鉢状の宇宙の底なのか
七月十四日 *
森の霊気に全身を洗われて
躯に新しい水を容れている
私は蘇生せねばならない
懐かしい人々に再会するために

松明に火が付けられる
瀧壺に火の雫が落ちて
赤く揺らめいている水と
森の中を叫びながら、走る人

 

*私は手術台の上で那智の御瀧を仰いでいた




    朝の顔      渡辺信雄



朝の窓辺に
純白に輝く鳥が訪れて
立ち去った
光の鳥は囁いた
…幸いは空の遠くにありはしない。
この空の下にある
一日という時間の中にある。
     *
蕾だった朝顔
無言の光にひらく
何事もなきかのよう
すました顔をして
天へ螺旋状に這い登っていく花
蔓は越境する
この世の外へと。
     *
地の穴を出て
短い夏を過ごす
蝉たちの声が共鳴し合い
命の憧歌を唄う
あちこちへ頭突きを繰り返し
羽根はもがれ
欠片となり
もう朝影は
流れ往く雲に消えて。





    森の奥へ         渡辺信雄



夏になると
日の出まえに目覚めて
すぐ散歩にでかけた
少しずつ目と足をのばして
森の奥まで入っていった
朝からヒグラシが鳴いている…
 


誰もいないと思っていたのに
人影が揺れて
どきどきした
近づくと
いち、にい、さん…
かけ声がする



私もいつしか体を動かしていた
虫や鳥や蝶とともに
数え切れないが人々が
誰の命令によるのでもなく
体操をしていた

萩の花が咲き
薄の銀波が揺れても
私は森の中へ
出かけていく





   エレジー      渡辺信雄




約束はしていなかったのに
密やかにあなたは訪れた
畦道に河原の土手に
忘れていなかったのだね
ひっそりと
炎焔を揺らめかせて
何も記されていない墓標
寄り添い黙って立っている
淋しい背中を抱きしめたかった



あ、血の色の蜻蛉があなたの指に
そうして、私の指に灯った
別れる約束はしなかったのに
澄んでいく中空を
薄い翅を煌めかせて
飛んでいく





※何れも詩誌『空町』(no.1)より