「母の首切り」  言葉の展覧会177

aiueokaki2007-05-15

 殺
    殺す
        死
という言葉が子どもの内に
浸透していったのはいつごろからだろうか
ごく最近のことだが
用意されていたのはもっと遡る


日常の
ノートの切れ端に
屋上壁の落書きに
図工の時間の絵に
地面に棒で
「殺」とか「死」とか「殺す」とか
少し大きくなってからは
パソコンのネット上で


圧倒的に多いのは
男子だ
狩猟の時代の攻撃的な暴力DNAが
まだ生き続けているのだろうか


虚構の世界が現実世界に入り込み
虚構が現実に取って代わる
男が好む虚構世界では毎日人が
いとも簡単に何人も殺される
ミステリー仕立てにホラー仕立てに
戦い殺して消して進行する
ドラマやゲームの世界だ
すでに脳の一部分にインプットされているのだろう


世は
学力だ脳内サプリだ競争だ
と表面や形や数字だけに囚われてしまっている
親もこんなバカ親がかなり増えて
子どもをどんどん壊していく


壊れた大人に壊れた子ども  
非社会的人間が少しずつ増えていく


「誰でもいい 殺したかった」
と母親の首を切り
バッグに詰めて警察署へ持って行った少年
すでに狂い壊れている


何が狂っているのだろう
どこから壊れてきたのだろう


それを解いていくには
切り捨てたもの 排除したもの
落っことしたもの 忘れたものを
もう一度拾い集めて考えていくしかないだろう


そして世の親たちに言いたい
いい加減に学力信仰、学歴信仰、数字信仰、
それから「よい子」というペットづくりをおやめになっては
聞く耳をお持ちでないと存じ上げますが




※「母を殺した」と、少年が切断した頭部持ち警察に出頭(福島県会津若松)。少年によるいたましい事件がまたまた起こった。


※写真は、田舎の家の軒先につくったツバメの巣。ツバメの赤ちゃんが時々顔をだして、とても可愛い。