管としての人間

渡辺信雄さんより「岬の病院に入り手術」というメールが入った。

>手術しました。管なのですね、人間は。
>管に管を繋いで、棺桶のように身動きできない空間で、脱出できることだけが望みで痛みに耐えています

    ****************
そこでこんな返事を返した。

痛いでしょうね。ぼくも10年程前の入院時を思い出しました。痛みに耐えるしかありませんでした。
このときくらい、人間は、いや生命は管でできているのだということを思い知らされます。肉体の管が上手く機能しないので人工物の管を入れ点滴する。2本、3本・・とあちこちに。入れてうまく出すようにする。生命力は管の強度によるのかもしれません。

意識不明で管を4つもつけられて、99.9%駄目だと言われていた98歳のぼくの祖母が、奇跡的に助かり、一昨日退院してリハビリ施設に行きました。生命というのは不思議です。