『寺田操』言葉の展覧会1257

衒いを捨て 徹した柔
らかな筆の奥深さと編み方の機微
誰もしらない心の秘密の扉を少し開ける
聡明で機知に富んだ
美しく爽やかな詩人




※難解だった寺田操さんの詩が最近、日常の営みをさらけ出して易しくなった。年の甲から寺田さんの優しさが滲みだしてきたからか。
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       本棚          寺田 操

処分しても処分しても増殖し続ける本を抱えて、本棚はメタボリック・シンドローム。憂欝になっている。

持ち主はジャンル別に分類していて、必要な本を目に触れるところに置くものだから、前列に置かれた本に塞がれて、陽の当らぬ場所で何年も隠れたままの本もある。

持ち主は気まぐれに本棚の整理をする。「あら、こんなところに、こんな本が……」と珍しそうに手に取ってくれたので、「今日は久々に硝子越しに陽の光を浴びることができそうですね」と、忘れられていた本に声をかけ、ほほ笑んだ本棚。

ところが事態は思わぬ展開をみせた。久しぶりにヒト科の手のぬくもりを心地よく感じて幸福感に浸っていた本なのに、いきなり無造作に紙袋に移動させられたのだ。どうやらブック・オフに売られる運命らしい。

新古書店の大きくて高い本棚に移動して、新しい持ち主の目に止まり、買われていくのなら、喜ぶべきかもしれない。だって、日当たりのよい部屋の本棚には、洗濯物のハンガ―が硝子戸の溝にかかっていることが多くて、カビと紙魚にまとわりつかれることがあるのですもの。

なのに、ブック・オフで「この本には少し染みがついていますから、お買い上げできません」「目をこらさなければ見えない染みですよ」持ち主はねばったのだが、「当店では少しの染みもだめですね」とすげなく一冊だけ返本された。

買われていった本が羨ましい。けれど戻る場所はない。どうやら第2土曜日の子ども会廃品回収行きが決定したようだ。別の紙袋に仕分けされて待機となった。少し整理された本棚には新しい空気がはいったが、数日後には新顔の本がまた、ねじこまれた。

事態はさらに急変を告げてきた。世間では「電子書籍の自作法」なるものまであらわれて、あふれる蔵書の処分がはじまっているらしい。本をバラバラに裁断→ドキュメ
ントスキャナーでデジタル化→パソコン、ipad、キンドルなど情報端末へ移動させられる。
本棚のなかでは、本たちのどよめきや怖れ叫びで爆発寸前。この部屋でも裁断と粛清が迫ってくるのだろうか。大丈夫よ、持ち主はホームページもブログも無縁のヒトだから。心配せずに、今夜はぐっすりお眠りなさい。

花粉と黄砂と梅雨のときは、本棚は洗濯干し場に早変わり。窮屈で、呼吸困難になりそうな本棚のカビ臭さから解放されたい。この部屋では、本棚と本の健康のために、洗濯物干しを禁止してくれるはずはなどない。もっと光を……と、嘆いていたのは本の遠い記憶だ。

あの日から、目に見えない放射能を恐れて、部屋干しが増えたと、東からの風の便りを聞くにつれ、ホットスポットの出没に脅える場所では、本棚は洗濯ものを干されるのが憂欝だなんて、呑気なことなどいってはおれない。

本棚の中から脱出して、本が消えた土地に、新しいヒトの、新しい部屋の、新しい本棚に飛んでいこう。もとの形に戻れるかもしれない。深夜の本棚では、ひそかに脱出
会議が開かれていた。夜明けまでは短いのよ。はやく結論をだしましょう。もう、羽が生えてきちゃったよ。

(『空まち』No.1より)

★寺田さんは個人誌『Edging』を発行しておられる。いま21号。
http://by166w.bay166.mail.live.com/mail/InboxLight.aspx?n=1655114729#!/mail/ViewOfficePreview.aspx?messageid=fa3fef8d-5c26-11e1-8334-00215ad7bd84&folderid=00000000-0000-0000-0000-000000000001&attindex=1&cp=-1&attdepth=1&n=2000318048  (21−Edging...doc  21−1−Edgi...doc)