言葉の展覧会67

aiueokaki2007-01-24

      「未来」


その男はまずふといくびからネクタイを垂らす
その男には責任がないように未来もない
薄っぺらな紙切れを両手で大事に持って歩き出す
その男のしょぼついた眼の隅へ飛び去るカラスの一群
紙切れの表裏で仰がれては換気のない部屋のゴミの類はそわそわしはじめる
もし従わせるものが
一つの絞首縄であっても恐らく
その物体は嫌悪するだろう
ただちに下水から海へ毒を流すだろう
いまその男を騒々しく待受けるもの
その男に喪失した
未来を与えるもの
背後の豪奢な壁に地布がある
過去に血で染まったどす黒い丸
地の闇は深く 地球の裏側まで届いているようだ
その向こうは冬の街のダストドームばかり
その男はぶきっちょに顔を全面に出して
口を歪めて早口でダミ声を唾と共に吐き出す
うんざりとして手応えがない
雄弁において
反応のないことは
拝聴しないということは恐ろしいことなのだ
だがその男は少しずつ自分をとり戻して
むじなのような監禁した牢獄へ内向してゆく
クリアされるもののない窒息した消耗度
ときどき現れてはうすれてゆく外の風景
演説が終わるとその男は巨大な椅子に座って
独りニタニタ笑う
今まで椅子にかくされた部分
絶望からまもられた背もたれの裏の個所
そこから偽装された時の崩壊と腐敗を伴った血がとめどなく流れ出す


                  (吉岡実のもう一つの読み方)